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見えるコミュニケーションで自閉症の子どもと居心地よく暮らすための試行錯誤を書いています。

思い出すのは、つり上がった大人の目

『今日の勝手にアイコ』

(このカテゴリーは、ふと思ったことをつらつらっと書いただけの、明日になったら違うこと思っているかもしれないという危ういものですw)

 

 

卒業式の練習が始まりました。行事の時期になると必ず出てくる「頑張らせる人たち」。

 

しんどいですと言ったら休ませてもらえると保障される事で、感覚的な過敏は和らいだりするんですけどねえ。

 

ブレーキの効かない車に乗せられる恐怖は相当なもの。

 

行事への考え方は人によって違うので、「ガンバリズム派」にそれを説明して理解してもらうのはかなり骨が折れます。そもそも、ガンバリズム派の人にとって「しんどい」とは、「根性次第」なのだ。

 

私も過敏が強くて、行事になると不安から過敏が増大。幼稚園の頃からトイレに逃げ込むって術を駆使してました。

 

やれ、列からお前だけちょっとはみ出てるだの。

 

やれ、歌う声がお前だけ聞こえない、もっと大きな声を出せだの。

 

私だってみんなと同じようにやりたい。でも、できないんだよ。やり方がわからない。なんでみんなできるの?

 

行事の練習が始まると、口の中の過敏もいつもより増して、給食では飲み込めない物も増えた。幼稚園では全員が同じ量を配膳され、残すべからずと保育士が目を光らせている。食べれないと泣く子に気を取られている隙に、リスのようにホッペに食べ物を詰め込んで、いそいそとトイレへ行って流していた。とくに茶色のはんぺんが、口に入れると泥団子にしか思えなくて、こんなの食べたら死ぬって思ってましたね。

 

ものすごーく、トラウマになって、思い出すのはつり上がった大人の目。

 

行事で積み重ねたのは、私はこういうのが苦手なんだという意識と、大人になったら、絶対に教師と保育士という仕事にだけは就きたくない、という2つだ。

 

子どもと対峙する仕事の人が、「しんどい」を「わがまま」と取ってしまうと、そこには一生信頼関係はできない。その姿を周りの子どもたちは見てますよ。

 

何かを教えたい、学びたいなら、教える側と教えられる側との間に絶妙な「間」がいる。

 

間を作るためには「信頼関係」がいる。

 

ブレーキの効かない車に放り込むような人から何を学べと?

 

ああ、エキサイトしてしまった。こんなん書いてるけど、息子は保育園でも、小学校でも、ブレーキの効く車で快適ドライブさせてもらってます。私もこんな小学校に通いたかったなあ。

 

読んで頂きありがとうございました。

see you

 

 


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